言の葉の天日干し

感想置き場

エルデンリングの日記―蟻編―

祝福とは死に至った褪せ人が再び生を得る、終わりの始まりの地点を指す。

 


ゾンビの類は全く怖くない僕が日曜の昼間に恐怖で悲鳴を上げた、エルデンリングの蟻について書こうと思う。

初めて会ったのは、地下水道だった。
この世界は地獄であるからして、僕は地下に着いてまず天井を見た。洞窟で何度も複数体のインプに体で覚えさせられた習慣に間違いはなく、コントローラを握ったまま一息ついた。
天井に何匹もの蟻が張り付いている。
楕円形に膨らんだ胴体は血が焼けたような赤色で、遠目から見ても人間より少し大きい体躯をしている。
何も知らずに道を進もうとすれば、一斉に落ちてきた蟻に囲まれて祝福還りをする算段だ。地獄の敵はそういうことばかりする。僕は一匹ずつ魔法で倒し、ランタンを装備して道の奥に進んだ。照らした道の先に敵はいないから安心だ。
──その考えが甘かったから、次の瞬間に下記のような事例を引き起こしたことを今では強く反省している。
暗がりの曲がり角から突如飛び出してくる蟻、
あまりに怖すぎて短い悲鳴を上げる僕、
連続攻撃の後にどうみても酸性っぽい液体をぶち撒ける蟻、
よく見れば胴体に無数の毛が生えているのに気づいて全てが停止する僕、
どこぞの闇から乱入してきたもう一匹の蟻、
当然の帰結として強制祝福送還される僕。
甘かった、甘すぎた。蟻の蜜よりも甘い判断によってゲーム始まって以来の恐怖を味わった。なんで蟻に毛が生えているんですか?
曲がり角で安全確認しない蟻は免許返納しろと言いたいところだが、地獄の敵に地球の常識を説いても喋ろうとする前に死人に口なしを体感するだけだから、魔法で先制して大人しくさせるしかない。事故の発生した曲がり角の手前で、僕は自分に魔法をかけた。自身の周囲に数本の魔力の剣を浮かせ、敵が近づくとロックオンしていなくても自動で攻撃してくれる代物だ。
問題の角に差し掛かる。やはり蟻は出る。魔力の剣が蟻を襲う。その隙に魔法で蟻を倒す。振り向けば闇から乱入する蟻がいる。落ち着いて魔法で蟻を倒す。蟻のグラフィックは極力見ない。
一度殺されても次の生を以て突破する。これぞこのゲームの醍醐味だろう。未来が分かっていればどうということはない。
今回の経験で僕は事故に遭う前に保険に入ることの大切さを学び、敵がいそうな場所では常に魔法の剣を纏うようになった。おかげで以降のダンジョンでも不意打ちには滅法強くなった。無論祝福には幾度となく還っているが、それとこれとは話が別だ。

蟻の巣を超えて、さらに地下深くへと下りていく。今までボス扱いだった敵がフィールドに平然と雑魚として出るようになり、このゲームも後半まで来たのだろうと思う。
腐り落ちそうな木の根を歩いていくと、空に巨大な蜂が数匹待ち構えているエリアに着いた。ご丁寧に、蜂の下の地面にはアイテムが散りばめられている。
剣も纏っているし、蜂ならまあいいか。落ち着いて一匹ずつ対処しよう。そう思い、僕はエリアに足を踏み入れた。
アイテムに近づくなり蜂が飛んで来る。ロックオンして、しっかりと蜂を見て魔法で狙う。
その姿は数時間前に見たから忘れもしない、あの蟻だった。
蜂じゃなくて、羽の生えた蟻だった。
なんで蟻に毛を生やそうと思ったんですか?

さて、嫌なことから目を逸らすのは簡単だが、気になることを頭から消すのは困難だ。
蟻になぜ毛が生えているのか。
その謎を突きとめるために、僕はグーグル先生に質問した。これまでの敵配置等の経験からフロムによる手の込んだ嫌がらせではないかと思っていたが、どうやら違うらしく、地獄ではない地球上の蟻にも毛が生えているのだそうだ。
ついでに蟻が体内から噴霧してきた液体についても正体が大凡判明した。僕が酸性だと直感したのは、高校時代の知識が頭の片隅にあったからかもしれない。
蟻、液体、酸性。そう、蟻酸である。当時の僕は初見でこれを全て訓読みしたが、ギ酸という酸性の劇物だ。蟻酸マークの引越しです、とはよくいったものだ。
そして、蟻についてもう一つ衝撃的な事実が記されていた。

蟻は、蜂の仲間だった。

 

以上、散々蟻(ハチ目アリ上科アリ科)に関する苦しみを綴ったが、僕にこのゲームを止める選択肢はない。
祝福に戻されても次こそはと思い、死にゲーに特化した快適なシステムのせいかずっと遊んでしまう。アイテムを取るためにここは死んでから先に進もう、なんて他のゲームでは考えたことがない。リベンジに気持ちが逸りすぎてエレベーターが来ていないのに勢いよく飛び下りて転落死で大量のルーンを回収できなくなっても、また敵を倒せばいいやと爽やかな気持ちで続けてしまう。これまで難しそうだからとフロムゲーを避けていたのが非常に勿体なく感じる。
暗くて救いのない世界だが、キャラクタは性格が良かろうと悪かろうと不思議と魅力的で、テキストはストレスとなるような贅肉がほどよく削ぎ落とされていて不快じゃなく愉快だ。
とあるボスの祭では異様に熱狂したNPCたちの思考回路が完全に意味不明かつ理解不能だったけれど、なぜか置いてけぼりにはならずにあれよあれよという間に参加して大いに戦を楽しんだ。こんなに人の命が軽く扱われる祭を他に知らないけれど、それが嫌味のない高度なギャグとして機能しているのは素直に凄いと思った。この地獄は全体的にセンスが良い。
だから、僕は今日もエルデンリングの世界を歩む。今のところ不満な点は特に思い当たらないし、不安に思う点もただの一つだけだ。
この先もう蟻は出ませんよね?